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 辛巳八,祭廣瀨、龍田神。  癸未十,朱雀あかすずめ有南門。  庚寅十七,朴井連子麻呂えのゐのむらじこまろ授小錦下位。
 癸巳廿,飛鳥寺弘聰僧ぐそうほふし終みうせぬ。遣大津皇子、高市皇子而弔之。  丙申廿三,小錦下三宅連石床みやけのむらじいはとこ卒。由壬申年功,贈大錦下位。  戊戌廿五,納言ものまをすつかさ兼宮內卿みやのうちのつかさのかみ五位舍人王とねりのおほきみ,病之臨死みうせむ。則遣高市皇子而訊之とぶらはしめ。明日くるつひ,卒。天皇大驚,乃遣高市皇子、川嶋皇子かはしまのみこ,因以臨殯もがり哭みね之。百寮者從而發哀みねたてまつる。
 八月癸卯朔丁未五,法官人のりのつかさひと貢嘉禾。是日始之三日,雨大水おほみづ。  丙辰十四,大風折をり木破屋いへ。  九月癸酉朔辛巳九,幸于朝嬬あさつま。因以看みそこなはす大山位以下之馬於長柄社ながらのもり。乃俾馬的うまゆみ射之。
 乙未廿三,地震。  己亥廿七,桑內王くはうちのおほきみ卒於私家わたくしのいへ。  冬十月壬寅朔乙巳四,恤めぐみ京內諸寺貧乏僧尼及百姓,而賑給にぎはへたまものす之。一ひとり每僧尼,各絁四匹ひき、綿四屯みせ、布六端むら、沙彌しやみ及白衣しろきぬ,各絁二匹、綿二屯、布四端。
 十一月壬申朔一,日蝕ひはえ之。  甲戌三,自戌いぬのとき至子ねのとき,東方明あかし焉。  乙亥四,高麗人十九人,返于本土。是當後岡本齊明天皇之喪,而弔使とぶらひつかひ留之,未いまだ還者也。
 戊寅七,詔百官ももつかさ曰:「若有利かが國家、寬ゆたか百姓之術みち者,詣闕みかど親申みづからまをせ。則詞ことば合於理ことわり,立為法則のり。」  辛巳十,雷於西方。  癸未十二,皇后體不豫みやまひ。則為皇后誓願こひちかひ之,初興藥師寺やくしのてら。仍度いへでせ一百僧。由是得安平たひらぎ。是日,赦ゆるす罪つみびと。
 丁亥十六,月蝕つきはえたり。遣草壁皇子,訊惠妙僧ゑめうほふし之病。明日,惠妙僧終。乃遣三皇子みはしらのみこ而弔之。  乙未廿四,新羅遣沙飡金若弼こむにやくひつ、大奈末金原升こむぐゑんせう進調。則習言者ことならひひと三人從若弼至。  丁酉廿六,天皇病之。因以度一百ももたり僧,俄しばらく而愈之いえたまふ。
 辛丑卅,臘子鳥蔽天,自東南たつみ飛,以度西北いぬゐ。 七、撰定律令與記定帝紀、上古諸事  十年,春正月辛未朔壬申二,頒あかちまだす幣帛於諸神祇。
 癸酉三,百寮諸人拜朝庭。  丁丑七,天皇御向小殿而宴之。是日,親王、諸王引入內安殿うちのあむどの,諸臣皆侍于外安殿なのあむどの,共置酒おほみきめし以賜樂うたまひ。則大山上だいせんじやう草香部吉志大形くさかべのきしおほかた授小錦位,仍賜姓かばね曰難波連なにはのむらじ。  辛巳十一,敕境部連石積さかべのむらじいはつみ,封よさし六十戶,因以給絁三十疋、綿百五十斤はかり、布百五十端、钁くは一百口わ。
 丁亥十七,親王以下小建以上,射于朝庭。  己丑十九,詔畿內及諸國,修理をさめつくらしむ天社地社神宮かみのみや。  二月庚子朔甲子廿五,天皇、皇后共居于大極殿おほあむどの,以喚親王、諸王及諸臣,詔之曰:「朕今更また欲定さだめ律令のりのふみ,改法式のり。故俱ともに修是事このこと。然頓にはかに就是務まつりごと,公事おほやけわざ有闕かくる。分人應行おこなふべし。」
 是日,立草壁皇子尊為皇太子ひつぎのみこ。因以令攝ふさねをさめしめ萬機よろづのまつりごと。  戊辰廿九,阿倍夫人あへのおほとじ薨。  己巳卅,小紫位當麻公豐濱たぎまのきみとよはま薨。
 三月庚午朔癸酉四,葬阿倍夫人。  丙戌十七,天皇御おはしまし于大極殿,以詔川嶋皇子、忍壁皇子、廣瀨王ひろせのおほきみ、竹田王たけだのおほきみ、桑田王くはたのおほきみ、三野王みののおほきみ、大錦下上毛野君三千かみつけののきみみちぢ、小錦中忌部連首いみべのむらじこびと、小錦下阿曇連稻敷あづみのむらじいなしき、難波連大形なにはのむらじおほかた、大山上中臣連大嶋なかとみのむらじおほしま、大山下平群臣子首へぐりのおみこびと,令記定しるしさだめ帝紀すべらぎのふみ及上古諸事いにしへのことども。大嶋、子首,親みづから執筆ふで以錄しるす焉。  庚寅廿一,地震。
 甲午廿五,天皇居新宮にひみや井上ほとり,而試こころみ發おこし鼓、吹ふえ之聲。仍令調習ととのへならはしむ。  夏四月己亥朔庚子二,祭廣瀨、龍田神。  辛丑三,立禁式いさめののり九十二條。因以詔之曰:「親王以下,至于庶民おほみたから,諸所服き用もちゐる金、銀、珠玉たま、紫むらさき、錦、繡ぬひもの、綾あや及氈褥おりかものとこしき、冠かがふり、帶おび并種種雜色之類くさぐさのたぐひ,服用各有差。」辭ことば具つぶさに有詔書みことのりのふみ。
 庚戌十二,錦織造小分にしこりのみやつこをきだ、田井直吉麻呂たゐのあたひよしまろ,次田倉人椹足すきたのくらひとむくたり。【椹,此云むく武矩。】、石勝いしかつ,川內直かふちのあたひ縣あがた,忍海造鏡おしぬみのみやつこかがみ、荒田あらた、能麻呂よしまろ,大狛造百枝おほこまのみやつこももえ、足坏あしつき,倭直龍麻呂やまとのあたひたつまろ、門部直かどべのあたひ大嶋おほしま、宍人造老ししひとのみやつこおきな、山背狛烏賊麻呂やましろのこまのいかまろ,并十四人賜姓曰連むらじ。  乙卯十七,饗高麗客卯問等於筑紫。賜祿有差。  五月己巳朔己卯十一,祭皇祖御魂すめみおやのみたま。
 是日,詔曰:「凡百寮諸人,恭敬ゐやまふこと宮人みやひと過之甚也。或詣いたり其門謁あつらへ己之訟うたへ,或捧幣まひなひ以媚こぶ於其家。自今以後,若もし有如此かくのごときこと者,隨事共罪之。」  甲午廿六,高麗卯問歸之。  六月己亥朔癸卯五,饗新羅客若弼於筑紫。賜祿各有差。
 乙卯十七,雩之。  壬戌廿四,地震。  秋七月戊辰朔一,朱雀見之。
 辛未四,小錦下采女臣竹羅うねめのおみちくら為大使,當摩公楯たぎまのきみたて為小使,遣新羅國。  是日,小錦下佐伯連廣足為大使,小墾田臣麻呂をはりたのおみまろ為小使,遣高麗國。  丁丑十,祭廣瀨、龍田神。
 丁酉卅,令天下,悉大解除。當此時,國造くにのみやつこ等各出祓柱はらへつもの奴婢やつこ一口たり而解除はらへす。  閏七月戊戌朔壬子十五,皇后誓願之大齋,以說經きやう於京內諸寺。  八月丁卯朔丁丑十一,大錦下上毛野君三千卒。
 丙子十,詔三韓みつのから諸人曰:「先日復ゆるし十年調みつき、稅おほちから既訖をはりぬ。且加以しかのみならず,歸化まゐおもぶける初年,俱來之子孫うみのこ並課役えつき悉免焉。」  壬午十六,伊勢國貢白茅鴟しろいひどよ。  丙戌廿,遣多禰嶋使人等,貢多禰國圖かた。其國去京五千餘里,居筑紫南海中。切髮草裳もき,粳稻いね常豐ゆたか,一殖ひとたびうゑ兩收ふたたびをさむ。土毛くにつもの,支子くちなし、莞子かま及種種海物うみつもの等多。
 是日,若弼歸かへる國。  九月丁酉朔己亥三,遣高麗、新羅使人等,共至之拜朝。  辛丑五,周芳すは國貢赤龜かはかめ。乃放はなつ嶋宮池いけ。
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